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| ただのバイパス道だったレーヌ通り。でも1997年8月31日、あの悲惨な事故により世界で一番有名な通りになってしまいました。 |
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先々週のことになってしまいますが、2002年8月31日はダイアナ元英皇太子妃(当時36歳)がパリで交通事故死してから、まる5年を迎える命日でした。
英王室としては、元妃追悼の公式行事は行なわれませんでしたが、元妃の住居であった「ケンジントン宮殿」周辺ではファン達によって徹夜の追悼集会が開かれました。
英国のテレビ会社の世論調査では、過去100年の英国の最重大事件に元妃の事故死が第2次大戦の勃発を抜いて選ばれたそうです。
私達日本人でも、ダイアナ妃が事故にあったというニュースが世界中に配信された時に自分が何所にいて、何をしていたかという事を憶えている方もいらっしゃるのではないかと思います。
個人的な話になってしまいますが、ちなみに私はその時はアメリカ出張の時で、ちょうど朝食を食べている時に観ていたニュースでその一報を知りました。
その日は日曜日で休みだったのでレンタカーで外に出たのですが、その時に結構気に入って聴いていた「K101」というラジオ局は1日追悼番組を放送していて、彼女の存在の大きさというもの改めて再認識した記憶があります。
さらに話は飛んでしまいますが、ダイアナ妃追悼曲というとエルトン・ジョンの曲が有名ですよね、でも私の中ではエリック・クラプトンの曲の方がイメージが強いです。
正確にいうと追悼曲ではないのですが、当時「K101」で30分おきくらいに流れていたのがクラプトンの「Tears
In Heaven」。
この曲中にアメリカの子供達がダイアナ妃を偲んで沢山のメッセージを入れていて、そのメッセージとも相まって非常に心打たれる曲にアレンジされていた事を今でも憶えています。
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| あの事故から5年を経た今も、多くの人が彼女の為に祈りを捧げていました。 |
各国からの取材班も多数訪れていました。 |
彼女の冥界での自由を祈るかのように、今もこの記念碑の周りには献花が絶えることはありません。 |
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| 彼女の魂は天に召されても、この「ダイアナ・スマイル」は永遠ですね。 |
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あの事故から5年、今も本国イギリスはもとより世界中と言ってもいいほどダイアナ妃への関心、そして人気は非常に高く、最近でもボディガードを務めた元警官が事故死5周年の需要を見込んで私生活の暴露本を出版し、話題となっています。
事故現場となったパリ・アルマ広場(Pl.de l'Alma)
のトンネル上に作られた「自由の炎」の記念碑(元々はクリミア戦争でのナポレオン3世の数少ない勝利を祝う為に作られたものらしいですが…)にも、多くのファンが詰めかけていて、現在も変わらない元妃への関心、人気の高さが窺い知ることができました。(写真にあるように、我ILB取材班だけではなく地元テレビ局やマスコミのカメラマンも取材に訪れていました。)
この記念碑には、普段から献花に訪れる人が後を絶たず、パリの観光名所の一つになっています(不思議とガイドブックには載っていませんが)。
場所はブランドショップが建ち並ぶモンテーニュ大通りをセーヌ川に抜けた所、シャンゼリゼにあるルイヴィトン本店横のジョルジュサンク通りからセーヌ川に抜けても同じ所に出ます。
パリに行く機会がありましたら是非訪れてみて下さい。 |