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ヴィヴィアン・ウエストウッド回顧展

SEX & SEDITIONARIES まで (Vol.2)

ロンドン ヴィクトリア・アルバートミュージアム


 

  I have a kind of in-built clock which always reacts against anything orthodox.

    「私には、人々が正しいと感じていることに常に反発するといった特別な時計が備わっています。」


このヴィヴィアンの考え方が、現在Worlds End にある逆さに時を刻む時計に象徴されています。言葉どおり、ヴィヴィアンの活動は当時の英国の一般世間からは受け入れがたい奇抜なものでした。今週は、そんなヴィヴィアンがパンクの女王と呼ばれるまでの歴史を追っていきたいと思います。

Worlds Endにある逆さ向けに時を刻む時計が、ここヴィクトリア&アルバートミュージアムにも展示されていました。

その時計の隣には、I have a kind of in-built clock which always reacts against anything orthodox. の文章が・・

Too Fast 時代のちゃんとした写真は保存されていないようです。ちょっと分かりづらいですが、店の雰囲気はこんな感じです。


Too Fast to Live Too Young to Die  1972年

ヴィヴィアンとマルコムは、ロックをコンセプトとしたショップから、スタッドやジップによってデザインされたバイクライダーの為のレザージャケット中心の品揃えにシフトすることになります。店名は、ライダー達のスローガンであったToo Fast to Live Too Young to Die(生きるには速すぎ、死ぬには若すぎる)と変更されます。

SEX   1975年

1975年に改名された「SEX」、店内には過激なファッションで埋め尽くされていました。まるでポルノショップ?

SEX店内に置かれていた有名なジュークボックス。先週ご紹介したCDに、このジュークボックスの曲が収録されています。

こちらも店内の模様。なんかSM的な雰囲気が・・・

どうでもイイですが、デカ過ぎです。ショップではこんな過激なプリントがなされた衣類が販売されていました。

1975年、別のファッションに注目したヴィヴィアンとマルコムは店をSEXと改名しました。ドアには、以下のようななぐり書きがなされました。

「技術は衣服をもたらすが、本当は裸になることが大好き」

(Craft must have clothes but Truth loves to go naked)

内部にはポルノの落書きがスプレーされ、ラバー・カーテンが掛けられ、セックスやフェティッシュをモチーフとした衣類が並べられました。

ヴィヴィアンには、人々が驚きを感じるようなそれらの衣服が、非常に愛らしく見えたようです。事実、当時を知る人は、まるで別の惑星からきた王女様のように見えるそれらのファッションが非常に気に入っていたと語っています。

 

その店は、風変わりな常連客を引きつける特異な魅力があったようです。もちろんお客だけではなく、店員の一人はラバーの洋服を身にまとい、ミツバチのようなヘアスタイルに仰々しいメイクという井出達でした。毎日の通勤の際、英国鉄道が彼女を保護(と言うか隔離?)するためにファーストクラスに乗せたという話まで残っています。

店内に置かれたジュークボックスからは大音量でロックが流され、その音楽目当てに集まる常連客からセックス・ピストルズが結成され、次の時代(セディショナリーズ)に移っていきます。もちろん、ジョニーロットン(Johnny Rotton)もこの店にたむろしていた一人です。

セディショナリーズ(動乱扇動者)
ヒーローのための衣服   1976-1980

サッカーファンによって頻繁に割られてしまうウインドウに嫌気をさしたヴィヴィアンは、白いボードで店を覆ってしまうことになります。その上にはパンクによって過激な落書きが施されました。

セディショナリーズ店内の様子。壁にはピカデリーの写真が逆さまに飾られ、テーブルの上にはカゴに入れられたねずみが置かれていました。

1976年、マルコムはキングスロード430番地のショップをセディショナリーズ(動乱扇動者)と改名します。 内装は、上下逆さまのピカデリー・サーカスおよび荒廃したドレスデンの写真を使うといった奇抜なもので、テーブルにはかごに入れられたネズミが置かれていました。

セディショナリーズの店内で撮影されたスタッフのスナップ。

こちらもセディショナリーズのスタッフです。当時、大流行したデストロイTシャツ。(下の写真参照)

パンクファッションから派生したヴィヴィアンのセディショナリーズコレクション。

これらの衣服は安くありませんでしたが、パンクファッションは、凄いスピードで広まっていきました。その後、ヴィヴィアンが40代の初め、パンクの衰退とともに彼女は新しいファッションに着目することになります。

ご存知セックスピストルズのコンサートからの一こま。ジョニーロットンが着ているのがセックスピストルズのスローガンであるデストロイTシャツ。

英国の有名なディスコでのスナップ。デストロイTシャツ流行ってます。

このお姉さんが当時のヴィヴィアンウエストウッド。デストロイTシャツとヘアスタイル&メイクがバッチリはまってますね。

1980年にヴィヴィアン&マルコムのショップは「Worlds End」と再び改名されますが、そのころからヴィヴィアンは本格的なデザイン活動をスタートさせます。パンクの女王と呼ばれたヴィヴィアンが、世界的なデザイナーとして認知されるに至ったコレクションの数々は来週じっくりご紹介できると思います。

レデストロイTシャツの現物です。だいぶ着込んだ物のようで、ちょっぴり色あせていました。

こちらもセディショナリーズコレクション。ユニオンジャックTシャツです。

セックス・ピストルズのコンサートのポスター。実際には、ほとんどの会場が使用禁止だったようです。

ヴィヴィアンウエストウッドの商品ページはこちら

 


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