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今週のレポーターは
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ヨーロッパの長〜いバカンス
Vol.2
地中海の楽園 歴史の国 チュニジア(
Tunisia )
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先週お伝えしたように、様々な顔をもつチュニジア。街中にはフランス風のモダンなカフェがありますが、中ではシーシャと呼ばれる水パイプを吸う人達がいて「あっ、
ここはヨーロッパじゃないんだ」なんて再確認したりします。カフェに女性の姿がないこともパリとは大きな違いだといえるでしょう。
いずれにしてもパリとは物価がぜんぜん違いますので、何処へ入って何を食べようとも
あまり気にもなりません。
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| ハビブ・ブルギバ通りのカフェ・ド・パリ。名前の通りパリのカフェそっくりですが、お客さんは男性ばかりです。 |
カフェの奥には、シーシャ という水タバコを吸っている人が沢山います。外国人観光客がこのシーシャをよく試して
いますが、ゴホゴホとむせている人がほとんどであまり美味しくないのかも。
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こちらの少年はジャスミンの 花束を売っていて、相場は大体45円〜90円
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メディナ(旧市街)を少しうろちょろするだけで、スーク(Souk・市場)やモスク (Mosquee・イスラムの教会)、博物館など見所が一杯。日本人にはあまり馴染みのない景色なので長く歩いてもほとんど疲れは感じません。
今週は、そんなチェニジアの歴史的な建造物であるモスク、博物館、遺跡などを順を追って見て行きたいと思います。
まずは、チュニジアで最大規模を誇るグランド・モスクですが、完成が
9世紀の半ばと非常に古く、中央のホールに使用されている柱はカルタゴ遺跡から運ばれて来たものが使われています。完成までには150年ほどかかったといいますから、
その規模の大きさが想像できるでしょう。
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| シディ・ユセフ・モスク。グランド・モスクから少し上がったところにあります。1616年、オスマン・トルコ帝国のユセフ王の時代に造られました。 |
ベイの墓。オスマン帝国時代のベイ(王)をはじめとしたお墓が並んでいます。すごくきれいでヒンヤリとしていました
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こちらも旧市街メディナ内にあるベイの墓です。道が入り組んでいてここにたどり着くのにはすごい苦労しました。
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もう一つ有名なモスクがシディ・ユセフ・モスク。造られた時代がオスマン・トルコ
の時代である17世紀と比較的新しいモスクなのでグランド・モスクとはまた違った趣があります。イスラム教では偶像崇拝を厳しく禁じている為、キリスト教の教会に見られるような彫刻や彫像、宗教画などが一切置かれておらず非常に質素な印象を受けます。
中を見学する際には、女性は頭を覆うベールが必要です。もちろん肌を露出したような装いがダメなことは言うまでもありません。(内部の写真撮影も
許可されておりません)
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| ダル・ベン・アダブラー博物館。オスマン時代の1796年に建設された宮殿。
人形によって当時の暮らしがわかりやすく再現されています。 |
こちらは当事の結婚式の模様が再現されています。オスマン独特の華やかさがありますね。
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グランド・モスク周辺のお土産屋さん。この国最高の聖地でも宗教の異なる旅行者には関係なしです。
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バルドー博物館
チュニジアのルーブルと呼ばれる北アフリカ最大の博物館。古代カルタゴ遺跡から出土した石碑、家具、装飾品などが多数展示されていますが、なんといってもこの博物館の見所はモザイクのコレクション。
大理石やガラス、陶器などの小片を張り合わせて絵画を描く手法で、もともとは古代 メソポタミア文明から地中海沿岸のギリシャ、ローマに伝えられたと言われています。
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| モザイクタイルのコレクションは世界一を誇るといわれている「バルドー博物館」 |
「チュニジアのルーブル」ともいわれていますが、その名のとおり、モザイクと彫刻作品
で埋め尽くされています。
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こちらも有名なモザイクの数々。壁一面がモザイクで装飾されています。
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チュニジアではカルタゴ遺跡前のフェニキア時代からモザイク造りが始まっており、
ローマ時代に最盛期を迎えました。ここバルドー博物館は世界一のモザイクコレクション を有しており特にローマ時代のギリシャ神話や、当事の人々の生活を描いた華やかなものが多数展示されています。
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| チモザイクで有名なバルドー博物館ですが、カルタゴ遺跡からの出土品も多数展示されています。なんと2800年前の品物です。 |
ヨーロッパから来たツーリストの団体がなにやら説明を聞いていました。残念ながら私には意味不明。
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もともと宮殿だっただけあって、壁の彫刻もなかなか見応えがあります。
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カルタゴ遺跡
チュニスの郊外にあるカルタゴ。現在は高級住宅地となっており大統領官邸や外国の大使の公邸などがありますが、そんな立派なお屋敷の間に点在しているのが紀元前に栄えたカルタゴ遺跡です。
紀元前814年(今から約2800年前)にフェニキアの王女によって建設された街で、一時は地中海最大の海洋帝国として栄えていました。その繁栄を恐れたローマ軍
によって徹底的に破壊され、人が再び住めないように街全体に塩を撒いたといういう 話まで残っています。遺跡内をうろうろしていると、稀にモザイクの欠片などを見つける
ことができます。地元の人の話では古代のコインなども良く落ちているとのこと。 世界遺産に指定されている割には、きちっと管理できていない、と言うかそんな物を拾って持って帰ろうなんて考える人は私だけ?そんなところにもちょっとビックリしてしまい
ました。
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| カルタゴ市の中心だったビュルサの丘。すぐ近くに出土品を保存しているカルタゴ博物館があります。 |
紀元前814年にフェニキアの王女によって建設されたカルタゴの街ですが、最終的にはローマ軍によって廃墟とされてしまいました。
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アントニオスの共同浴場跡。今となっては、どこが浴場なのか良く分かりません。
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