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「Hotel」
って「ホテル」?
Hotel(オテル)が集まるパリのマレ地区
Vol.1
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「HOTEL」って言えば英語では普通「ホテル、旅館」のことですが、フランス語の辞書を引くと、まず最初に出てくるのは「大邸宅、館、官邸」などと言った意味。
パリ市役所も「Hotel
de Ville(オテル・ドゥ・ヴィル)」という名前で市民に親しまれています。
この市役所からバスチーユ(新しいオペラ座のある場所です)までのマレ地区には、 様々な「HOTEL(オテル)」が建ち並んでおり、その大部分は17世紀から18世紀に建てられた貴族の館。現在は、美術館や図書館などとして使用されています。
中世の街並みをそのまま残した細い路地があるなど、パリの中でも特に歴史を感じることができる
マレ地区をしばし散策してみましょう。
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| 1:ここがスタート地点のパリ市役所(オテル・ドゥ・ヴィル)です。 |
2:PARIS3012の文字が・・ 現在パリはオリンピック誘致に必至です。 |
3:市庁舎前には、毎年恒例のスケートリンクが。若いカップルで連日大賑わいです。 |
まずスタートは、市民の憩いの場となっているパリ市役所「Hotel
de Ville(オテル・ドゥ・ヴィル)」。
今の時期は前の広場にスケート場ができ、多くの市民で賑わっています。興味深いのが市庁舎に
デコレートされた「PARIS2012」の文字。この文字はシャンゼリゼなどでも見かけることができますが、北京の後のオリンピック誘致を意識したものです。
ロンドンでは、ベッカムさままで登場して「2012
LONDON」キャンペーンが繰り広げられていますので、 すっかりロンドンに決まっていたと思っていたのですが、パリ人に言わせると「パリにキマリでしょう」
とのこと。何が何だか良く分かりません。
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| 4:市役所裏のオテル・ドゥ・ヴィル通りの住所表示。 |
5:こちらが国際芸術家村です。 |
6:「ホテルこちら、」みたいな標識が立っていますが、行っても泊めてもらえませんので注意! |
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| 7:中世ヨーロッパそのままのドモン館のたたずまい。 |
8:こちらは美しい庭を持つサンス館です。 |
9:土日のみ開館しているシュリー館。最初はギャンブラーの屋敷だったそうです。 |
セーヌ川沿いのQuai de L'Hotel de Ville(市役所海岸通り)を下ると国際芸術家村を経て
Hotel de Sens(サンス館)、Hotel
D'Aumont(ドモン館)があります。 非常に落ち着いた街並みが続いておりますが、中世の名残である路地を抜けると車が行きかう
現代のパリ、リボリ通り(Rue St Antoine・サンタントワーヌ通り)に出ます。
パリで2番目に古いといわれるサンポール・サンルイ教会、道路の向こう側にはHotel
de Sully (シュリー館)が見えるはずです。
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| 10:車は通ることができない細い路地。中世の姿がそのまま残されています。 |
11:パリで2番目に古いサンポール・サンルイ教会。ルイ13世と14世の心臓が収められていたことで有名です。 |
12:フランス革命のきっかけとなったバスチーユ牢獄があった場所には、7月革命記念柱が建っています。 |
13:バスチーユ新オペラ座前の階段。パリでは階段があると必ず誰かが座っています。 |
バスチーユ広場まで直ぐそこですが、17世紀には牢獄があったこのバスチーユも1990年に新しいオペラ座が完成して一躍有名なスポットとなりました。(オペラ座の怪人で有名な、あのオペラ座は「オペラ・ガルニエ」
と言って、バスティーユのオペラ座と区別されています。また現在ではバレエが上演されています)
このバスチーユ広場中央には、1830年の7月革命で犠牲となった市民を追悼する高さ47メートル
に及ぶ円柱が建っています。(円柱上部の自由の女神像を加えると52メートルになります)
来週は、バスチーユ広場からオシャレなデートスポットとしてパリの若者に大人気のフラン・ブルジョア通りをブラブラ歩き、もう少しHOTEL(オテル)を見て行きたいと思います。お楽しみに。
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| 14:バスチーユ新オペラ座の全景。そんなに大きく見えませんが、地上8階、地下7階建てです。 |
15:チケット売場には長い行列が。オペラが上演される日にはダフ屋さんも登場します。 |
16:広場の反対側からオペラ座と革命記念柱を望む。 |
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