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イタリア国境の町 マントン

芸術家の足跡がイッパイの南仏の町

 

イタリア国境の町・マントン( Menton )。

国境の町なのでもちろん歩いてイタリアへ行ける距離にありますが、 言葉はもちろんフランス語。(フランスなので当然と言えば当然ですが) といっても彼らが話す フランス語はイタリア語のように歌を歌っているかのように抑揚があり、パリのようなボソボソ したフランス語は聞こえてきません。

ニースから30分ほどでマントンにつきます。 駅構内の様子。非常にのどかです。 何故かホームには女の子が多かったです。

その昔、レモン作りと漁だけに頼っていた町も避暑客により、パラスやカジノができ、世界各国の貴族が訪れるようになりました。仮面舞踏会などの夜ごとのパーティーがここで楽しまれ、 デザネ・フォル(狂おしき時代)がマントンにやってきました。

マントン駅から降りてすぐの公園。何げに豪華。 花壇も手入れが行き届いており、とても綺麗です。 公園や道は田舎町のわりにちゃんとしてます。
公園をつきぬけるとカジノに到着します。 カジノは海にも面しています。ここはカジノの裏側。 そう、ここが”太陽の散歩道”といわれているストリート。本当に眩しかったですよ。

時代の寵児といわれたジャン・コクトーもよくここに訪れ、海辺の要塞をアトリエに使っていました。 そのアトリエは海岸のすぐ上にあり、そこから美しい地中海を眺めながら作品づくり没頭 したのでしょう。

彼は南仏の町の教会や市庁舎などにいくつかの作品を残していますが、やはり何といっても マントンが一番見ごたえがあります。 8年前ここに来てから私はジャン・コクトーの大ファンになってしまいました。今でもいつも私の部屋にはコクトーの絵を必ず飾ってます。 そこで、ジャン・コクトーはどんな人だったかについて少しふれてみましょう。

ビーチは観光客より地元の人が多いようです。 カップルよりも家族連れが目立ちますね。 海岸通りをずっとイタリアに向かって歩いていくとコクトー美術館が見えます。

コクトーは廃墟同然だった元要塞だったところをアトリエに選びました。 意外とデートスポットなのかな? 入り口の方に近づいて行くと・・・。

ジャン・コクトー(1889-1963)は詩人としてだけでなく、映画監督、絵画、戯曲、作家などの 作品を多く残しました。特に1945年に代表的映画作品『美女と野獣』を監督したことで有名です。

パリ郊外のブルジョア家庭に育ったコクトー。家は代々公証人を業としていました。 9歳の時に父親がピストル自殺。この事件が彼の人生にとって大きな影響を与えました。 自分の存在について一生悩み続けたそうですが、 20歳の時に出版された処女詩集「アラジンのランプ」で一躍名をあげ時代の寵児となりました。

彼の周りも豪華でした。高校生の時はマルセル・プルースト(作家)と出会ったり、その後 シャネル(デザイナー)、ピカソ(画家)、サティー(作曲家)、ストラヴィンスキー(作曲家)、 モディリニアーニ(画家)と数知れず。シャネル、ピカソと一緒に撮った写真も本などで紹介されていますのでご覧になったことがある人もおられるに違い有りません。

彼は恋多き人でも有名で、バイセクシャルだったのは有名な話。少年のイラストは何ともいえない美しさが存在しています。

モザイクでできたコクトーの作品があります。これらは全て海にある小石からつくられました。 3つあるモザイクの中の右側の作品です。モザイクは地中海沿岸地方の非常にポピュラーな手法です。 こちらは左側の作品。男性の女性も南仏の感じがよく表現されています。

ルイ・カルティエは、優れた詩人であり芸術家であるジャン・コクトーを称えてカルティエの3連リング(トリ二ティリング)をデザインしました。トリニティーリングという名の永遠のテーマが託されたカルティエの代表的なリングもコクトーの存在が無いと生まれなかったというのは、非常に興味深い話です。

「愛する人のために、この世に存在しないリングを」というコクトーの依頼でデザインされた このリングには“愛・友情・忠誠心 この3つの要素が調和する時、愛に普遍性が宿る。” という意が込められているそうです。

ニースやモナコに比べ、値段が少し割安なのも魅力です。 太陽がイッパイの地中海にピッタリなサンフラワー このカラフルさは地中海独特ですね。

こちらは旧市街。お土産やさんがずっと並んでおり目移りしてしまいます。(^^ゞ 市役所。コクトーの結婚式の間があります。 最後に、市庁舎内の結婚式の間からお別れです。漁師と新妻の絵がまんなかにあり,漁師の目は魚の形をしています。

1950年の終わりにマントンへ移り住んだ彼は73歳で生涯を閉じますが、こんな田舎町にも 素晴らしい芸術家の足跡が残っているのは、ヨーロッパならではだと言えますね。

 


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