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今週のレポーターは |
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ヴィヴィアン・ウエストウッド回顧展
The
Early Years から Let it Rock まで (Vol.1)
ロンドン ヴィクトリア・アルバートミュージアム
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昨年、ロンドンのヴィクトリア&アルバートミュージアムで行われた
ヴィヴィアンウエストウッドの回顧展。
期間中は、世界中のヴィヴィアンファンやファッション関係者が押し寄せ、余りにも大きな反響があったことから、この展示会が今月から日本でも開催されることになりました。
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会 期
: 2005年11月23日(水・祝)〜2006年1月15日(日)
開館時間 : 午前10時〜午後10時
場 所 : 森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52F)
入場料 : 一般1300円/高校・大学生1000円/4才〜中学生700円
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ヴィヴィアン本人の生い立ちから始まり、パンクブームを演出した70年代。ファッションデザイナーとして本格的に歩みだした80年代。パリでデザイナーの「グレード1」に昇格し、女王から大英勲章
「OBE」を授かった90年代。またエレガントで3次元のジオメト
リーを知り尽くしたクチュリエ的手法が特徴の現在のコレクションに至るまでの、彼女の貴重なコレクション500点余りが展示されます。
今週からは、この展示会の予告編とも言える特集を4週連続でお届したいと思います。
現在のファッション業界では、ある意味異色といえるデザイナー、ヴィヴィアンウエストウッド(Vivienne
Isabel SWIRE)。彼女の34年間に渡るファッション史をご覧頂くことによって、もっとヴィヴィアンのことを深く知りたくなるのは間違いないでしょう。
また、王室の美術館が一人のデザイナーをこれほどの大きな規模で取り上げたのは過去に例が無く、彼女が、英国のファッション業界において如何に大きな存在であるかも、理解できると思います。
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| 地下鉄の駅構内には、ヴィヴィアン展のポスターが。当初は7月11日まででしたが、余りの人気に1週間延長され18日までの開催となりました。 |
地下鉄のサウスケンジントン駅。近くにはヴィクトリア&アルバートミュージアムだけではなく、ロイヤル・アルバートホール、ロイヤルカレッジ・オブ・ミュージック、自然史博物館などが立ち並んでいます。 |
こちらが正面玄関。ミュージアムそのものは入場無料(3ポンドの寄付が必要です)ですが、ヴィヴィアン展入場は8ポンドの別料金。 |
今回の展示会では、ロンドンのキングスストリートで産声をあげ、その過激さと反体制の思想によって世界中の注目を集めた1970年代から、流行の最先端を行くパリのキャットウォークで実際に使用された作品まで約150体(アクセサリー類を含めると500点余り)が展示されていました。
これらのコレクションからは彼女の人並みはずれた才能を垣間見ることができます。
アイラブブランドでは、そのコレクションの模様を時代に分けて4週に渡ってご紹介します。あまりヴィヴィアンに興味の無い人も、すっかりハマってしまうこと請け合いです。
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| 教師を目指していたころのヴィヴィアン。当時はファッションに興味を持ちながらも、まさか世界的なデザイナーになるとは彼女自身も気が付いていなかったようです。 |
初期 (The Early Years)
ヴィヴィアン・イサベル・スゥエアーは1941年4月8日イギリスのダービーシャで、綿紡工場に勤める母親と靴メーカー出身の父親の間に生まれました。その後、1950年にロンドンへ移り住みます。
16歳でグラマースクール(公立中等学校)を卒業した後、芸術大学に進学したヴィヴィアンはそこでファッションと銀細工を学ぶことになります。しかし芸術の世界で生計を立てていくすべを知らなかった彼女は、工場で働きながら、小学校教師になる為の勉強を続けます。
1962年には、デレク・ウェストウッドと結婚、1963年には、最初の息子(ベンジャミン)が生まれました。
1950年代、ティーンエイジャーだったヴィヴィアンは、学校の制服を自分自身でカスタマイズすると共に、ファッショナブルなペンシルスカートや「ニュールック」ドレスなど多くの衣服を製作しました。また、1ヤードの生地から、一本の針だけを使ってノースリーブシャツを自作したことも記録されています。
当時の倹約と独立精神は現在でもヴィヴィアンウェストウッドのキャラクターとして生きています。彼女は長年ロンドンで暮らしており、会社の経営は現在でも彼女自身の手に握られています。
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「レットイットロック」のショップの前でのスナップ。右端がヴィヴィアンウエストウッドです。 |
レットイットロック 1971年〜
ヴィヴィアン・ウエストウッドは、1965年、マルコム・マクラーレン(Malcolm
McLare)に出会い、翌年には息子ジョーゼフ・ファーディナンド・コーが生まれます。二人の仕事上の関係はパンクファッションがこの世に生まれた1970年から1983年まで続けられ、ヴィヴィアンは当時を振り返り「開けるべき非常に多くのドアがあると感じたわ、彼がそれらのすべての鍵を持っていたのよ」と語っています。
この言葉からも分かるように、マルコムとのパートナーシップは、ヴィヴィアンがデザイナーとして成功する大きなきっかけとなったことは間違いありません。
マルコムはストークニューイントンで1946年に生まれました。1964年から1971年の間美術学校に通い、ファッションと音楽に取りつかれていました。当時支配的だったヒッピールックを拒絶し、不良少年のような衣服をまといながら、刹那的なロックンロールミュージックを集めるといった暮らしをしていたようです。
1971年、マルコムは「レット・イット・ロック」と呼ばれる店を開店。そこでは彼がデザインしたコートやジャンパーなどが販売されていましたが、その後10年に渡って、彼は頻繁に店を改装しその独自性を保ってきました。
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| 船の上で仲間たちとの一こま |
余りにも有名なエリザベス女王のパロディTシャツを身に着けるヴィヴィアン |
これが下の写真にあるVenus Tシャツの実物です。隣は店内でくつろぐヴィヴィアン |
Let it Rock
店内で撮影されたヴィヴィアンとマルコム |
彼女は1970年代にパンク・ロックの出現に重大な役割を演じ、私たちの時代の最も個性的で最も影響力があるデザイナーのうちの1人になりました。
彼女自身が時代を反映するファッションそのものと言っても過言ではなく、「ファッションは抱き上げて下に置いたことのない赤ん坊」であると語っています。
彼女のデザインは英国の伝統と斬新な感覚を大胆に組み合わせることが特徴で、あまりにも有名なオーブのモチーフは、そんな彼女の"伝統をもって未来を創る"というデザインコンセプトの象徴となっています。
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| レットイットロック時代を代表するコレクション。向かって右がGene
Vincent and his Bluecaps。左はPlastic pockets with
photographs のTシャツです。 |
こちらも有名なロックTシャツの実物。鶏の骨&鎖で装飾されています。 |
セックス・ピストルズのコンサートチケット。NO FUTURE(未来なし!)1枚5ポンド(約1000円ちょっと)です。 |
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| Rock
Tシャツ Boiled chicken and chains (Let it Rock
Collection) |
Gene Vincent and his Bluecaps
with Norton motorcycle badge(Let it Rock Collection) |
Venus Tシャツ Customised with
househair,studs,badges and chain(Let it Rock
Collection) |
PlasticPockets
with photographs(Let it Rock Collection) |
その後、「Let it Rock」 は、「Too Fast to
Live Too Young to Die」(1972年) 、「SEX」(1975年) 、「SEDITIONARIES」(1976年)
と店名を変え、新しいファッションを提案し続けることになります。それらの模様は来週お届けしましょう。
★ヴィヴィアンウエストウッドの商品ページはこちら
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