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今週のレポーターは |
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モーツアルト生誕250年に沸く音楽の街
ウイーン /
WIEN
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モーツアルトの生誕250年にあたる今年、縁の深いオーストリアのウイーンや
ザルツブルグ、プラハでは、街中を上げてのイベントが行われています。
特にここウイーンは、モーツアルトが宮廷デビューを飾った場所で、モーツアルトが
最も愛した街と言われています。事実、25歳から亡くなるまでの10年間を彼は 奥さんであるコンスタンツェと、ここで暮らしていました。
普段はひっそりしている王宮庭園内のモーツアルト像周辺や、モーツアルトが暮ら
していたアパート「モーツアルトハウス」なども、観光客で溢れかえっております。 今週は、偉大な天才音楽家であるモーツアルトについて詳しくご紹介したいと思います。
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王宮庭園にあるモーツアルト像。1896年に建てられ像の前のト音記号は一年中花で飾られています。 |
街中いたるところで見かけるモーツアルトショップ。ウイーンのお土産はモーツアルトのチョコが定番です。 |
パリ、ミラノと並ぶ世界3大歌劇場の1つ国立オペラ座。1869年にモーツアルトの「ドンジョバンニ」で幕を開けました。 |
モーツアルトは1756年1月27日にオーストリアのザルツブルグで生まれます。
若干5歳で始めてのピアノ曲(KVla-1f)を作曲。翌年の1762年にウイーンを訪れ、 シェーンブルン宮殿の鏡の間で女帝マリア・テレジアの前で演奏。6歳のモーツアルトは
一躍時の人となります。
6歳の手でピアノを自由に操る技術は、音楽的な才能だけではなく、
肉体的にも非常に優れた特質を持っていたことが分かります。
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モーツアルト展が開かれていたアルベルティーナ。グラフィック、建築などの美術館として有名です。 |
このエスカレーターを登った2階が入口になっています。 |
アルベルティーナの向かいには、モーツアルトコーヒーがあります。映画「第三の男」に登場して一躍有名になりました。 |
マリア・テレジアに関しては、今更説明の必要もないと思いますが、約650年間に渡って
ヨーロッパの中心として君臨していたハプスブルク家の女帝で、フランス革命でギロチンに 掛けられた悲劇の王女、マリー・アントワネットのお母さん。
(更に詳しく知りたい人は、ヴェルサイユのバラをご覧下さい。) 中世ヨーロッパの歴史では、ルイ14世と共に最も有名な人物の一人です。
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地下にあるモーツアルト展のエントランス |
モーツアルトがウイーンを訪れ、マリアテレジアに認められたのは6歳のこんな時です。 |
モーツアルトを偲んでロベルト・カプッチが作った総プリーツの真っ赤なマント。 |
モーツアルトは、そんなマリア・テレジア一家に賞賛され、女帝の膝の上にのって彼女にキスを
したという記録も残っています。また、つまずいて転んでしまったモーツアルトが、幼いマリー・アントワネットに助けられ、結婚を申し込んだなどという話もあるようです。
いずれにしてもフランス革命が起こるまでの、この時代はヨーロッパが最もヨーロッパらしい華やかな時代。モーツアルトも、そんな芸術が花開く素晴らしい環境で育ちました。
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上の写真と同じ衣裳が描かれたモーツアルト展のポスター |
オペラ座の裏に位置するこの美術館には様々な舞台衣装が保管されています。 |
モーツアルトの衣裳といい、この時代には不思議な曲線を使ったドレスが多いようです。 |
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オペラで実際に使われた衣裳 その1 |
オペラで実際に使われた衣裳 その2 |
オペラで実際に使われた衣裳 その3 |
1781年、モーツアルトが25歳の時にザルツブルクからウイーンに引越しますが、裕福な生活が続いていたかというと決してそんなことはなく経済的な理由から13回も引越し
をしたそうです。(唯一、現存しているその内の1軒がモーツアルト・ハウスとして公開されています。モーツアルトはここで2年半暮らしました。)
晩年は、多額の借金を抱え35歳の若さでこの世を去りますが、お墓などは一切残っておらず、没後100年以上経って、王宮庭園内にモーツアルト像が作られました。
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昔モーツアルトが住んでいた建物が「モーツアルトハウス」としてオープンしました。 |
6階建ての建物の中は、モーツアルト関連グッズでビッシリ。狭い路地も観光客で一杯です。 |
クラシックコンサートのチケットを販売している女性。オペラ座周辺には、こういう人達が大勢います。 |
実際に彼が作った曲が何曲あるのかは明らかになっていませんが、650から950曲と言われています。
現在のように著作権などない時代とはいえ、決して幸せとは言い切れなかった天才音楽家の短い人生を考えると「生誕250年を祝う」といったイベントも誰の為のお祝いなのか少し複雑な気持ちにさせられますね。
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