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今週のレポーターは |
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第一次世界大戦
休戦記念日パレード
パリ・シャンゼリゼ通りから
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毎年7月14日に行われるパリの革命記念日パレード(日本ではパリ祭と呼んでいますが、地元フランスではフランス語で7月14日を意味する「キャトル・ジュイエ」と言います。)は、
フランスを代表するイベントとして世界的に有名。
しかし、意外と知られていないのが、第一次世界大戦の休戦記念日パレード。
パリ祭と同じようにパレードがあるんだよと聞き、早速行ってみました。今週は、先月行われたこのパレードの様子をお伝えします。
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11:00になると、まず、馬にのった兵隊さんの行進が始まります。
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遠くから見るとこんな感じ。軽く400頭以上もの馬に乗った兵隊さんの行進に圧倒されます。 |
とにかく凱旋門からコンコルド広場までのシャンゼリゼ通りを通行止めにして行われるビッグイベント。朝早くから人が詰め掛けますので、いい場所で見たかったら10時までに来た方がいいようです。
日本と違って、テロを意識した警備体制が厳しく、近くを通行する車両はもちろんのこと、
観客もすべてボディーチェックを受けなければ、沿道に入ることができません。
ここのボディーチェックは、女性は女性の警官、男性は男性の警官にチェックしてもらうので、意味もなく安心してしまいましたが。
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今度は、赤、青、ベージュの制服を着た兵隊さんが行進。
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帽子に白い羽がついているのが、とてもヨーロッパ的です。
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吹奏楽団の行進です。 |
11時頃から、馬や吹奏楽団の行進が始まります。クラシックな服装が、何だか100年も前のフランス軍が勇ましく帰ってきたかのように見えたのが印象的でした。
ここで、ちょっと学生に戻って復習。そもそも、第一次世界大戦(1914−1918)とは?
1914年6月28日、サラエボを訪問中のオーストリア皇太子フランツ・フェルディナント大公夫妻が、オーストリア併合に反対するセルビアの汎スラブ主義者の青年に暗殺されたのが発端(サラエボ事件)となり、ドイツ・オーストリア・トルコ・ブルガリアなどの同盟国と、イギリス・フランス・ロシア・
日本・アメリカおよび三国同盟を破棄したイタリアなどの連合国とが対戦することになりました。
ヨーロッパが主戦場となりましたが、戦闘はアフリカ、中東、東アジア、太平洋、大西洋、インド洋にも
および世界の大多数の国が参戦し世界規模に広がって行きます。
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この団体は、女性の兵隊さんも多く行進していました。
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赤い制服の兵隊さんです。 |
その頃の日本といえば1904年の日露戦争の出費で11億円もの借金を抱えていましたが、この戦争によって
ヨーロッパの製品が出回らなくなり、反対に日本の製品がどんどんうれるようになったようです。
結果、終戦後の1920年には、外国に20億円も貸す国になったそうですから驚きですね。
1918年11月ドイツの降伏で同盟国側が敗北。翌年パリ講和会議でベルサイユ条約が締結されました。
アメリカもフランスも11月11日は祝日となっておりますが、フランスでは、今でもこの休戦を国を挙げて祝っているのが印象的でした。
また、休戦記念日には大統領がその当時の戦士に勲章を授けます。
今年は4人が受章されましたが、彼らは何と107歳や108歳という年齢です。
7月14日の革命記念日のように、世界中から観光客が集まりホテルがとりにくくなったりするのと違い、
気軽に参加できる第一次世界大戦休戦記念日パレード。
この時期にパリに来たら、とってもフランス気分を味わえるので是非見てもらいたいイベントの一つですよ。
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位碑の下には、こんなにきれいな花がおいてありました。
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パレード終了後、兵隊さんは記念撮影にひっぱりだこ!
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パレードが終わり、多くの観光客が凱旋門で記念撮影をしていました。 |
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