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今週のレポーターは |
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マリーアントワネット
映画化で話題沸騰!
マリーアントワネットの生涯をレポート
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1月22日から、ソフィア・コッポラ監督の映画「マリーアントワネット」が上映されていますが、もうご覧になったでしょうか?
マリーアントワネットの名前を知らない人はいないと思いますが、フランス革命は勉強しても彼女の生い立ちまでは学校では教えませんので、詳しく知らない方もおられるかも分かりませんね。
ちなみに、私も最近まで「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と発言した人というくらいの意識しかありませんでしたから。(実際には、パンがなければブリオッシュを食べさせなさいと言ったそうですが・・・)
また、漫画や宝塚歌劇の「ベルサイユのバラ」なんかで知ったという人も多いのではないでしょうか。
今回は、今話題の人物、マリーアントワネットの生涯を2週にわたってたどってみましょう。
【
家柄 】
マリーアントワネットは、フランス、ブルボン王朝ルイ16世のお妃ですが、実はオーストリアの名門中の名門であるハプスブルグ家の生まれ。ハプスブルグ家って普通の家のように聞こえますが、当時ヨーロッパの多くの国を占領していたヨーロッパ最大の王家でした。
【
生後〜幼少期 】
マリーアントワネットは、ハプスブルク家のマリア・テレジアとその夫、神聖ローマ皇帝フランツ1世の間の娘(16人中の第9子)に生まれました。
女帝といわれたマリア・テレジアは、政略結婚のために子供を生み続けました。マリア・テレジアはとても賢い人で、マリーアントワネットにも厳しい教育を受けさせました。貴族らしく、読書やピアノ、マナー、入浴をするという習慣まで母からしつけられたと言われています。
しかし、残念ながらマリーアントワネットは、享楽主義で賭博好きの父フランツ一世の気質を継いでしまい、後の人生に影響をもたらしてしまったようです。
クラシック音楽が好きだった両陛下が、モーツァルト(当時6歳)の演奏を子供たちと聞いたのち、モーツァルトは当時同い年だったマリーアントワネットにプロポーズをしたそうです。
皮肉なことに、モーツァルトの死の2年後にマリーアントワネットが断頭台(ギロチン)の露と消えてしまうという、二人とも浪費家で短命というところも似ています。
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皆を圧倒させるためにと、わざと大きく造られたレセプション。
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礼拝堂です。 |
【
14歳で結婚 】
マリーアントワネットは14歳で当時15歳だったルイ16世と政略結婚させられます。日本人のイメージとして、フランス皇族のルイ16世と結婚したシンデレラガールという感じもありますが、実際は、当時アカ抜けていなかった国フランス、大げさにいえばオーストリアと比べるとまだまだ発展途上国だったフランスにとついできた人、という方がフランス人のイメージとして強いようです。
当時言葉もままならなく、ルイ16世との性格の不一致からくる夫婦の不仲から、マリーアントワネットは寂しさを紛わすため夜毎仮面舞踏会で踊り明かしたといいます。母マリア・テレジアは、娘の身を案じ忠告の手紙を度々出しましたが、効果はなかったそうです。
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絢爛豪華なヴェルサイユ宮殿内。壁中が絵画で埋め尽くされています。
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鏡の広間。最高に美しいです。(ヴェルサイユ条約はここで締結されました)
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マリーアントワネットが使っていたという香水を復元して販売されています。バカラのボトルに入って約125万円なり! |
【
フランスの貴族の間のファッションリーダーだった 】
マリーアントワネットは、自分の趣味を唯一持ち込んだ人といわれています。(これは、古い宮廷としきたりに対する側面攻撃だったという見方ができます。)
当時フランスになく、彼女が持ち込んだものや趣味とは何だったんでしょうか?
●浴槽に入る習慣
母にお風呂に入るようにしつけられたため。もし、もう少し遅く生まれていたら、日本の温泉にも来れたのに・・・。残念ですね。
●軽い香りのフローラルな香水
お風呂に入っていたので清潔で体臭が少なかったマリーアントワネットは、軽い香りのフルーティーな
香水を流行らせました。当時貴族でも浴槽に入る習慣がなかったフランス人には、体臭消しのムスク系の香水がメインだったため、軽い香りの香水はとても新しいものでした。
●ハンカチを正方形に
ハンカチは、当時長方形や楕円形だったのですが、これを正方形にするように命じたのはマリーアントワネットです。
●髪型
彼女は上に高く高く結った髪型を流行らせました。髪の毛の中に花瓶を置いてバラを差したり、上に模型の船を乗っけたりと、ビックリするような髪型もしていたそうです。
この高く編み上げた
髪型は、莫大な費用がかかったため、2〜3週間も同じ髪型でいたことから頭の中にはノミやシラミが湧いていたとか。寝るときも普通のベッドには眠れなかったそうですから、すごい我慢が必要
だったんですね。
●お菓子
オーストリアからのお菓子”クグロフ(パンのようなケーキ)”をフランスに持ち込んだのもマリーアントワネットです。
【
子供は? 】
長女マリー・テレーズ、マリー・ソフィー・ベアトトリス(1歳未満で死亡)、
長男ルイ・ジョゼフ・グザヴィエ・フランソワ(7歳で死亡)、次男ルイ・シャルル。 マリーアントワネットは、彼女の母と違い、そこまで子沢山ではなかったんですね。
【
そしてフランス革命 】
マリーアントワネットの生涯を閉じる原因となったフランス革命。
1789年7月4日フランスでは王政に対する民衆の不満が爆発、バスティーユ襲撃を機に、フランス全土に騒乱が発生し、王政は崩壊しました。
後に、このフランス革命によりコンコルド広場にて、マリーアントワネットをはじめとした王侯貴族や革命家達1343人もの人が処刑されることになったのです。
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ヴェルサイユ庭園の敷地はこの向こうまで続いています。
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ディズニーランドを思い出す?可愛い植木たち。 |
【 ヴェルサイユ宮殿 】
マリーアントワネットが住んでいたヴェルサイユ宮殿。ヨーロッパの黄金時代の頂点ともいわれるこの宮殿は、浪費と贅をし尽くしたため、後のフランス革命という王政廃止を招く原因となります。
今、ヴェルサイユ宮殿は一部改装中!見所である鏡の回廊は、窓がふさがれていますが、シャンデリアがキラキラ星のように輝いて見えるという特典もあります。
映画マリーアントワネットが公開されたこともあり、ヴェルサイユ宮殿には、マリーアントワネットグッズが多数揃っています。
その中でも注目なのがマリーアントワネットが
使っていた香水を復元したM.A. Sillage de la Reine(王妃の香り)は限定1000個でお値段が
350ユーロ(約55000円)。バカラ製25mlボトル入りは限定10個、値段は8000ユーロ (約125万円)。こちらの収益はマリーアントワネットが使っていた家具などの収集にあてるために使われるそうです。
来週は、マリーアントワネットが宮殿暮らしに疲れ滞在したという小トリアノンなどをご紹介します。
お楽しみに!
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